Notes

  • 「デミタスカップの愉しみ」展に行った

    「デミタスカップの愉しみ」と題した展覧会を見るために渋谷区にある松濤美術館に行った。

    デミタスカップの愉しみ|渋谷区立松濤美術館

    事前にオンラインで予約をした。どうやら平日は予約が必要なかったらしいが、僕は土曜日に行ったためだ。松濤美術館に行くのは初めてで、最寄りの神泉駅に行くのも初めてだった。渋谷から歩いて行けるところに、このような落ちついた雰囲気の場所があるのかと驚く。

    デミタスカップについて特に知識があるわけでもなく行ったが面白かった。300点を超える展示数で見応えも十分。デミタスカップの作られた時代や地域、意匠もそれぞれ趣が異なっているので見ていて楽しい。

    個人的に感銘を受けたのは、カップの部位ごとのデザインの多様さだ。知識がないのでカップのデザインと言えば、そのものの色や柄くらいだと思っていた。しかし、実際に様々なカップを連続で見ていくと、カップ自体、ハンドル(持ち手)、ソーサー、ものによってはカップのホルダーが付いており、それぞれデザインが多様だった。これまでカップを漠然とした1つの存在と捉えていたものが、それぞれのパーツごとに個性を持っていることに気付かされた。

    展示されているカップは、村上和美さんという方の個人所有物らしい。所有しているカップの総数は2200点を超えるらしく、展示されているカップは所有物の1/7程度という凄まじさ。カップは割れ物なので、どのように管理しておられるのかなども気になるところだ。

    さて、企画展の楽しみと言えばショップである。図録や展示品にちなんだグッズが並んでいるので、ついつい購買意欲を煽られてしまう。僕はミュージアムショップに行くと、ついついトートバッグを買ってしまう癖がある。トートバッグは価格が1000円程度でお手軽な上、普段使いもできる。それに布製品なので少し折りたたんでしまえば収納スペースもそれほどとらないという良さがある。

    このデミタスカップの愉しみ展でも、僕はトートバッグを買った。「キャンパスガーデントート」。税込み990円。

    「デミタスカップの愉しみ」は2021年10月10日(日曜)まで開催とのこと。終了まで残り10日ほどしかないので興味がある方はぜひ行ってみてはいかがだろうか。また、ネット上からでも見ることができるらしい。遠方や忙しい方はこちらをチェックしても良さそうだ。


  • POG 2020-2021を振り返る

    今年の日本ダービーはエフフォーリアとシャフリヤールのハナ差の叩き合いで大いに盛り上がった。日本ダービーの結果が出たということは、つまり2020-2021シーズンのPOGも無事に終了したということだ。

    僕は2020-2021シーズンのPOGも懲りずに参加していた。今年こそは日本ダービーが終わったら、すぐに振り返り記事を書こうと思っていたのだが、面倒臭がっているうちに夏競馬も後半に入ってしまった。昨年は宝塚記念が終わったタイミングで書いたので、更に振り返りのタイミングが遅くなってしまった。少し反省。

    昨年の振り返りは、以下の記事。

    https://omoutsubo.funny-moray.com/647/pog-2019-2020%e3%82%92%e6%8c%af%e3%82%8a%e8%bf%94%e3%82%8b/

    前回のPOGとは大きく違う点がある。それは今回、身内のグループでPOGを行ったということである。やはり個人でPOGをするのと、グループ内でドラフトをしながら指名馬を選ぶのではまったく印象が違ったの。その具体的な感想については後述する。

    早速だが、今シーズンの指名馬は以下の通りである。

    馬名 厩舎 状態 ポイント
    タイトルホルダー [美浦]栗田徹 前走・東京優駿(G1) 6着 12,960
    アカイトリノムスメ [美浦]国枝栄 前走・優駿牝馬(G1) 2着 11,080
    レッドジェネシス [栗東]友道康夫 前走・東京優駿(G1) 11着 7,387
    カランドゥーラ [美浦]藤沢和雄 前走・水仙賞(500万下) 7着 1,791
    ブエナベントゥーラ [美浦]堀宣行 前走・2歳500万下 8着 820
    ミルウ [栗東]友道康夫 前走・フローラルウォーク賞(500万下) 6着 630
    ロジモーリス [美浦]国枝栄 前走・3歳未勝利 3着 470
    サヴァニャン [栗東]藤原英昭 前走・3歳未勝利 7着 230
    ポルトヴェッキオ [美浦]岩戸孝樹 前走・2歳新馬 3着 190
    テイクバイストーム [栗東]武幸四郎 前走・3歳未勝利 6着 90

     

    ■ 良かった点

    2019-2020シーズンのPOGは右も左も分からないまま選んだこともあり、クラシックに進んだ馬がラインベック1頭(皐月賞15着)だけで、日本ダービーに出走した馬は1頭もいなかった。しかし、2020-2021シーズン(上記)は、タイトルホルダーとレッドジェネシスの2頭が日本ダービーに出走した!

    しかも、タイトルホルダーは皐月賞2着という大健闘ぶりで、これは見ていてかなり興奮した。メロディーレーンの半弟であることを思うと、菊花賞の方が本命と見ている。既にPOGは終わっているが、引き続き秋も楽しみな存在である。

    もう一頭のレッドジェネシスは、父ディープインパクト×母父Storm Catという黄金配合で何か良さそうな馬はいないかと探し、最後の10頭目に指名した馬だった。この馬は勝ち上がりまでに4戦を要しており、初勝利は2020年12月。これはクラシックには間に合わないかと思ったが、フリージア賞での負けを挟み1賞クラス「ゆきやなぎ賞」、G2「京都新聞杯」を勝ち上がり、賞金加算に成功してダービー出走までこぎつけたので驚いた。

    ※ちなみに、2019-2020シーズンでは父ディープインパクト×母父Storm Cat配合のサトノマッスルという馬を指名していた。結果は振るわなかったが、追って正解だったといえるだろう。

    牡馬の話ばかりしているが、牝馬もアカイトリノムスメが活躍したことも忘れてはいけない。牝馬戦線は同じオーナー所有のソダシ、同じ厩舎のサトノレイナスが目立ったが、アカイトリノムスメも2頭に負けず劣らず良かったと思う。オークスでは、惜しくも2着だったが秋華賞が楽しみである。(ルメール騎手はサトノレイナスに乗ると思うので、鞍上は横山武史騎手に戻るのだろうか。騎手についても楽しみ)

    ■ 反省点

    今年のPOGは「怪我」に泣いた。何の責任もないPOG参加者である僕が泣いているのだから、オーナーならびに関係者の皆さまの悲しみや無念さは想像もつかないが、指名馬10頭のうちブエナベントゥーラ、ロジモーリス、ポルトヴェッキオの3頭が怪我をしてシーズン中に1、2戦しか走ることができなかった。「無事是名馬」とはよく言ったものだ。

    また、新種牡馬を積極的に指名することのリスクも身を以て知った。期待大のモーリス産駒を3頭(ブエナベントゥーラ、カランドゥーラ、ロジモーリス)指名したのだが、前述のようにうち2頭は怪我に泣き、カランドゥーラは勝ちきれない競馬が続いた。モーリス産駒自体の勝ち上がり率は悪くないらしいが、素人目にもキレがある走りをする産駒は少ない印象だったので、よーいドンの競馬になるとどうしても勝ちきれなくなってしまうのかもしれない。

    ■ 身内グループのPOGの振り返り

    前述の通り、大学時代の友人2名(AとBとする)とドラフト制のPOGを行った。3人それぞれ10頭ずつを指名。Aは期待のモーリス産駒を何頭か指名していたが、やはりその馬も結果は出せず、獲得ptも振るわない結果となっていた。

    Aの期待の馬が散ったことにより、日本ダービーの前には僕とBの直接対決の様相を呈していた。何とダービー直前では60pt差で僕が負けていた。これほどの僅差であれば60ptであればひっくり返る可能性は十分にある

    前述の通り、僕はダービーに2頭の指名馬が出走することになったが、Bの指名馬は3頭が出走することになっていた。頭数的には負けているが、ダービー1着をとってしまえば勝機はある。

    さて、結果はというとBがシャフリヤールを指名していたので、終わってみると21,900pt差つけて僕が負けていた。ダービーを勝つと20,000ptほど入るので、そこそこ差がついていても逆転ができるのだ。。。

    僅差だったのが大差で負けた。実際、ダービー馬というのはその世代の頂点なので指名しているのは凄い。完敗である。

    思えば、2019-2020シーズンのPOGは個人戦だったこともあり、半ば適当に名前で選んでしまう馬もいた。例えば、ワイワイキングという馬は半分以上名前だけで指名した。2020-2021シーズンも危うく「ノブ」というクセが強そうな馬を名前だけで指名しそうになったのだが、他のメンバーへの対抗心から指名馬を変えた。これが結局、レッドジェネシスになったのだから、勝負事というのは分からない。

    2021-2022シーズンのPOGも参加中なので、来年の「POG2021-2022を振り返る」という記事で、自分がどのようなことを書いているのか今から楽しみである。


  • 在宅勤務一年数ヶ月経過備忘録

    在宅勤務が始まって一年が経過した。実際には一年と数ヶ月経っているのだが、そんな細かいことはどうでもいいだろう。

    そういえば、昨年の四月に以下のような記事を書いた。

    https://omoutsubo.funny-moray.com/500/%e5%9c%a8%e5%ae%85%e5%8b%a4%e5%8b%99%e4%b8%80%e3%83%b6%e6%9c%88%e7%b5%8c%e9%81%8e%e5%82%99%e5%bf%98%e9%8c%b2/

    この記事だと在宅勤務を始めてからの変化として3つ挙げている。

    1. 睡眠時間が長くなった
    2. 外に出なくなった
    3. 言葉が出なくなってきた

    一年以上経過したいまも、「睡眠時間の増加」と「外出する頻度の減少」は特に変わっていない。ただ、3の「言葉が出なくなってきた」は、オンラインミーティングが増えたことや、オンライン飲み会などを普通にやるようになったことでかなり解消された。

    ただ、先日別の記事で書いたように、ここのところ仕事へのモチベーションが大きく低下している。その原因の一つに一種の 「燃え尽き症候群」 があるのではないかと思っている。

    ■ 在宅勤務による燃え尽き症候群とは

    在宅勤務と燃え尽き症候群に何の関係があるのか。

    僕が働く会社では在宅勤務が始まったことと同時に、対面での懇親会や打ち上げなどの開催が禁止とされた。これにより、大きめのプロジェクトが終了したときに行われていた打ち上げも同時になくなり、プロジェクトが終わった感が希薄になったように感じている。

    「会社の飲み会はクソなので無いほうが良い」という人もたくさんいるだろうが、ありがたいことに僕の職場では、飲み会において上司に酌をする必要もないし、酔った上司に説教をされることもない。それに僕はお酒が好きで、会社だろうがプライベートだろうがタダで飲める酒ほど美味しいものはないと思っている。

    いまでも職場の飲み会はオンラインで年に数度開催されることがある。ただ、プライベートや会社主導のオンライン飲み会を何度か経験して、大人数での飲み会は不可能だということが分かった。実際の飲み会だと乾杯のあとは各テーブルごとに各々会話をするが、オンラインだと同時に話ができないため、人の話を聞く時間が長くなってしまい、黙々と酒を飲むことしかできないことがある。

    そもそも、酒飲みにとって、「乾杯」と言いながら互いのグラスをぶつけ合う行為には、ストレスを発散する多大なる効果がある。グラスが軽快な音を立てると同時に僕たちのストレス、悩み、疲れといった邪悪なものはビールと混然一体となる。疲れた状態でよく冷えたビールの杯を一気に傾けると、自然に「あぁ~!」や「ぷはぁ~!」といった声が出てしまうものだが、これは言わば「勝どきの声」のようなものだ。何の憂いもなく酒を飲むひと時をもてたという事実こそが、日々の煩雑な事柄に勝利した証なのである。

    これが無いのは酒飲みにとってツラい。職場だろうがプライベートだろうが関係なく、早くお店でジョッキを突き合わせながら冷えたビールを飲みたい。コロナよ、早く終息してくれ。

    ……最後の方は対面で飲み会ができないことへの愚痴になってしまったが、まとめると以下のようになる。

    1. プロジェクトが終わる
    2. 打ち上げができない
    3. 仕事が一段落した気がしない
    4. モヤモヤしたまま次の仕事に着手する
    5. 1〜4の繰り返し

    これを解決できる方法としては、節目において自分で自分にご褒美を与えるしかない。そう自分に言い聞かせながら、最近は少し意図的に散財するようにしている。(ただ買い物したいだけという説もある)


  • Obsidianで日記をつけはじめた

    「Notionで日記をつけはじめた」という記事を書いて、10ヶ月ほど経とうとしている。いまでも「Notion 日記」という検索ワードで本ブログに辿り着いている方がいるようなので、多くの人がNotionの取り扱いに苦労しているらしい。正直、僕も苦労している人間の一人なので、その気持ちは痛いほど分かる。

    ただ、先日僕はNotionにすべてを求めないことにしたという記事を書いた。

    https://omoutsubo.funny-moray.com/1031/notion/

    その中でメモアプリとして「Obsidian」というサービスを使っていることを書いた。そのため、日記もNotionではなくObsidianで書くようになったので、そのことについて今回は書きたい。

    ■ Obsidianとは

    https://obsidian.md/

    「second brain」(第2の脳)というキーワードを標榜するノートアプリ。特徴はノート同士をリンクして、新たな発見やアイディアを生み出すことができる(かもしれない)という設計思想である。

    まだ使い始めて間もないので、決して使いこなしているわけではないのだが、情報をストックするだけでなく、それぞれをリンクさせるという考え方が良いなと思っている。

    ■ 日記を書く上でObsidianの良いところ

    1. デイリーノート機能

    Obsidianには「デイリーノート」という機能があり、それをクリックするだけで「2021-01-01」というその日の日付名のファイルが作成される。自動で作成されるファイル名は設定から変えることもできる。

    デイリーノートはテンプレート機能があり、毎日書くことについて新たに書き直す必要がないのも便利。ルーティンワークをチェックリストにしてテンプレートとして保存しておくと毎日書き直す必要がないので嬉しい。

    2. ファイルがローカルに保存される

    Obsidianの特徴であるファイルがローカルに保存されるところが「日記」を書く上でとても良いと感じている。これまで僕は日記を色々な媒体で書こうとしてきた。最初は「紙の日記帳」、次に「OneNote」、さらに「Journey」という日記アプリを使い、そして「Notion」に辿り着いた。

    このように色々なサービスを移動していると、問題になってくるのはデータの移行だ。データのインポート機能やエクスポート機能があれば良いが、そう上手くいかないのが常である。

    しかし、Obsidianで書いたファイルはmdファイルとしてローカルに保存されるので、例えObsidianの開発および提供が終了したとしてもファイル自体は手元に残るわけである。

    日記は数年、または10年以上継続して記入する可能性があるが、現行のサービスが10年以上続けて提供される保証はどこにもない。一種のリスクマネジメントとしても良いかもしれない。

    3. モバイルアプリが出た

    これまでモバイルアプリは、有料プラン加入者向けのβ版しかなかったのだが、ついに正式版がリリースされた。旅行先などで日記を付けたいときにPC版のみだと、PCを持っていない場合は日記を付けられないということになるので、モバイルアプリが出てくれたのはありがたい。

    僕はObsidianのファイルをDropbox上に置いている。モバイル版がないときにはMarkdownエディタアプリを使い、Dropsyncというアプリをかませてファイルを同期していた。モバイルアプリが出たいまもDropsyncでDropbox上に置いたファイルを同期している。どうやらObsidian自体にもSync機能があるらしいのだが、よく分かっていないのでまだ使っていない。


  • PCR検査を受けた

    先日、訳あって関東の外に行く必要があった。現地でお会いする方から「PCR検査を受けてから来てくれないか」と言われたので、ついに僕も世に言う”PCR検査”を受けることになった。

    民間のものでも大丈夫とのことだったので、木下グループがやっている新橋の検査場に行く。

    ここで行った検査は唾液のみを提出する簡素なものだった。以前、経験者に検査は「鼻に長い綿棒を突っ込んで行うので大変ツラい」と聞いていたので、少し拍子抜け。

    検査の準備と流れは以下の通り。

    • 検査の30分前から飲食および喫煙を控える
    • 検査場に行き、受付をする
      • 精算もここで行う。現金は不可だったので、クレジットカードか電子マネーで済ませる
      • 費用は¥2300(2021年7月現在)
    • 誓約書を記入する
      • もしも陽性だった場合、木下グループ推奨の病院もしくはかかりつけの病院を受診することを誓う内容
    • 唾液を採取する
      • 2mLほど採取することが求められる
    • 誓約書と唾液を提出して終わり

    スムーズに行けば10分もかからずに終わる。ただ、一番の難関は「唾液の採取」だった。検査の30分前から飲食を控えていたこともあり、口の中はカラカラで、唾液が思うように出なかった。2mLという文字だけだと少なく感じるが、実際に採取すると大変な量だった。

    Twitterで見た唾液を出すための画像も確認できた。驚いたことに、この画像を見てもまったく唾液が沸かなかった。画像のチョイスが悪いのか、それとも雰囲気が悪いのかは分からない(唾液が出そうな雰囲気とは一体?)。もしかすると、唾液が出そうなものを持参した方がいいかもしれない。

    検査の結果は、翌日の21時頃にメールで来た。結果は「陰性」とのことで、とりあえず安心する。

    正直、あの検査にどの程度の精度があるのか分からない。そもそも提出した唾液を、ちゃんと検査しているのかも我々には分からないので、そこは木下グループを信じるしかないのだ。

    よくよく考えると、木下グループが一体何をしている企業なのかもよく知らない。少し調べると不動産業から映画やスポーツなどの文化事業、今回の検査を含めた医療系の事業など手広くビジネスをしていることが分かった。昨日、卓球の男女混合ダブルスで金メダルをとってた(すごい!)水谷隼選手も木下グループのチームの一員らしい。

    よく知らない大きな組織に自分の唾液を提出し、どれくらいの精度なのかも知らないまま「陰性」と言われて安心するということに対しては、我ながらこれでええんかとは思う。The 世間体である。

    とにかく、これから僕と同じ検査を受ける人に対して言いたいことは、唾液を出す準備をしておけということだけだ。奴らは肝心なときに出ない。


  • 『Out W〜』というタイトルのゲームが多すぎる

    最近、『Out〜W〜』っていうタイトルのゲームが多すぎて混乱する。そんなタイトルのゲームが出ていることすら知らないよという人のために例を示す。

    • The Outer Worlds(アウター・ワールド)
    • Outward(アウトワード)
    • Outer wilds(アウター・ワイルズ)

    ゲームが好きな僕でも頭がおかしくなりそうだ。特に1番目のアウター・ワールドと3番目のアウター・ワイルズは似すぎである。

    しかも、ちょっと調べたら「Outer World」っていうフランスのゲーム会社が作ったタイトルも存在した……。もちろん1番目の「The Outer Worlds」とは別のゲーム……。

    また、Wは付かないものの「Outriders」(アウトライダーズ)というゲームも2ヶ月ほど前にリリースされた。また、少し調べたら「Outlast」(アウトラスト)というゲームもあるようだ。

    以前、友人と「最近どんなゲームをしてるか」という話になったとき、僕は「Outwardかな」と答えたのだが、友人は「The Outer Worlds」と勘違いをしてしまい話が噛み合わないことがあった。

    話が噛み合わないくらいなら実害はないが、タイトルを間違えて購入する人も出てきて、お金を無駄にすることもあるのではないか。ギャグマンガ日和という漫画に「ゲーム大好き兄弟」というシリーズがあったが、ああいったことが本当に起きる可能性もある……。

    一体、ゲーム業界のネーミングセンスどうなってるんだ。ゲーム制作者たち、あまりにも「Out」が好き過ぎるだろ。そんなにOutに惹かれているのに、家に籠ってゲームを作っている場合か……!?

    昨今は毎日のように(PCゲーム市場は特に)新しいゲームがリリースされており、似たタイトルもどんどん増えているだろう。ゲームを買うときには、本当に気を付けましょう。


  • 仕事イヤイヤ期~2021初夏~

    最近、仕事へのモチベーションが地に落ちている。いや、よく考えると普段から仕事へのモチベーションは低い。いつも低いとは言っても、そこには「通常の低さ」とでもいうべきものがある。

    何というか、自分にだけ分かるギリギリのモチベーションのラインがあった。最近、その最低限の仕事へのモチベラインを、はるかに下回っていることが問題なのだ。

    僕のいまの状態は、「仕事イヤイヤ期」という言葉がピッタリだ。どんな業務もイヤなのだから、これは立派なイヤイヤ期。

    いや、そもそも「イヤイヤ期」とは何だ?と思って検索した。すると、NHKすくすく子育て情報の「どう乗り切る? イヤイヤ期 ~なぜイヤイヤをするの?」というページがヒットした。

    そのページによると、イヤイヤ期とは以下のような時期らしい。

    「イヤ」を繰り返し、「好き」を見つける自分探しの時期。

    どう乗り切る? イヤイヤ期 ~なぜイヤイヤをするの?- NHK すくすく子育て情報より

    現代のテンプレ行動の1つである「インドに自分探しの旅に行く」というのも、そう考えると一種のイヤイヤ期の可能性がある。「人生イヤイヤ期」。

    自分探しは赤ちゃんのときに済ませておかなきゃいけなかったのか。

    もちろん、赤ちゃんのイヤイヤ期と大人になってからのイヤイヤ期では、自分探しの意味が大きく異なっているのは分かっているので、これは半ば冗談。

    他にも、同ページにはこのような文章があった。

    まだ“やりたいこと”を主張できず「イヤ」と言ってしまう。

    イヤイヤ期の子どもは、心の成長にともない、いろいろなことがわかりはじめます。すると、「あれもやりたい、これもよさそう」という思いがふくらんでいきます。でも、その気持ちは漠然としたもので、まだ“やりたいこと”を具体的に主張することはできないのです。一方で、「これはやりたいことと違う」についてはわかるので「イヤ」と言ってしまいます。
    「違うこと」はわかるけど、はっきり「したいこと」が言えない。

    どう乗り切る? イヤイヤ期 ~なぜイヤイヤをするの?- NHK すくすく子育て情報より

    あっ……。
    大人で「イヤイヤ期」とか言っている人間(僕)の8割くらいが上記に該当するのでは…?

    「漠然とした「やりたいこと」を言語化できないが、「やりたくないこと」だけは分かっている状態」。文章にしたら辛すぎる自己分析だ。

    やっぱり人間、やりたいことを言語化しないとダメだと反省。この記事の締めとして、いま仕事でやりたいことを文章にしておきたいと思う。

    「休みたい」


  • Notionにすべてを求めないことにした

    Notionというサービスが人気である。Notionとは「all-in-one workspace」を標榜しており、データベース作成、wiki作成、ToDoリスト作成などが簡単にできる多機能なWebサービスだ。

    ■ 個人的Webサービス変遷

    めちゃくちゃ勝手な想像なのだが、多くの人が以下のサービスを経てNotionに辿り着いたと思う。

    • Evernote/One Note→Notion
    • Workflowy→Dynalist→Notion

    僕はOne Noteも使っていたのだが、主に二番目のアウトライナー系からNotionに辿り着いた人間である。僕と同じツール遍歴を持つ人なら分かってくれると思うが、Workflowyで「アウトライナー良い!」となり、Dynalistで「フォルダ分け最高!」となり、Notionで「何でもできる!すごい!」と感動した経験がある。

    しかも、この2年の間にNotionの無課金で作れるブロック数の上限が撤廃されて、ただでブロック作り放題になったのだ。不要になった記述をチマチマ削りながら運用していた頃と比べると、天国のような状態になったわけである。
    (「課金しろよ」と言われれば、それまでだが……)

    ただ、使っているうちに何でもできるNotionで「何でもやった方が良い」わけではなさそうなことが分かってきた。

    ■ 個人的に感じたオールインワンの限界

    Notionはオールインワンなワークスペースを標榜したサービスで、言ってしまえば「十徳ナイフ」のようなものだと思う。多機能なので、荷物を減らせるし、どの機能もしっかり使える。

    ただ、個々の機能を見ると独立した個々の道具には性能的に敵わない。ことわざに「餅は餅屋」というものがあるが、専門性が高いものはオールインワンなものに比べて機能や使い勝手の面で優れているものである。持ち運びやすさ(オールインワンであること)と個々の性能はトレードオフの関係というわけだ。

    Notionは素晴らしいツールではあったが、僕は完全に使いこなすことができていなかった。僕だけでなく、多くの人が「Notionすごい!何でもできる」という状態になり、タスク管理やメモ、日報、議事録などすべてをNotionに集約して運用しようとしているはずだ。しかし、実際にすべてをNotionに集約しようとすると、各機能に存在する多少の”物足りなさ”が気になり始める。

    また、Notionはデータベースの性格が強いので頻繁に整理をして情報を管理しなければ、使いこなすのは難しいと感じた。僕は面倒くさがりかつ、妙なところで凝り性なため、完璧さを求めすぎて他の人のやっている方法をむやみに検索して疲れたり、レイアウトばかりに凝って実際の整理を怠ることがあった。

    上記の理由から、僕としてはNotionにすべてを集約することに個人的に限界を感じ、いくつかの機能では別のサービスを使うことにした。

    ■ Notionからの移行先

    ・タスク管理

    当初、Notionでタスク管理をやろうとしていたがすぐに諦めた。チェックリストで管理する方法も、リストで管理する方法もしっくりこなかったのだ。また、これはタスク管理だけではないのだがモバイルアプリの起動が遅すぎて、やることを記入するときにストレスを感じることが多かった。

    Notionから移行した当初はClickupというタスク管理サービスを使っていたのだが、個人で使うには多機能すぎる上にモバイルアプリが全然使えないものだったので、いまではTickTickというサービスを使っている。画面や操作がシンプルなのだが、それでいて多機能にも使えるので個人で使うサービスとしてはバッチリ。

    ・メモ作成

    これもNotionのアプリが重かったことから、ササっとメモ書きをすることが難しいと感じたため、別サービスを使うことにした。また、Notionは書いた情報を適切に整理して管理する必要があるので、適当なメモ書きを雑然と放り込みたい場合にはやや不向きである気もしている。几帳面な方には苦労はないのかもしれないが、僕個人としては結構難しかった。

    これもGoogleのKeepというメモアプリから始まり、最近はObsidianというサービスに落ち着いている。Obsidianにはモバイルアプリがないのだが、作成したファイルはローカルにmdファイルとして保存されるのでDropboxとモバイル用のマークダウンエディタアプリを使ってメモを取るようにしている。まだ使い心地を試しているところなので、もしかするとObsidian以外を使い始めるかもしれない。

    他に気になっているのは「Transno」というサービス。アウトライナーとマインドマップを組み合わせたもので、これもなかなか使い勝手が良さそう。

    まとめ

    結局何が言いたいかというと、何でもできるNotionで何でもやる必要はないのではないかということだ。ネットを検索すると、色んな人が様々な活用法を紹介しており、「俺、全然使いこなせてないじゃん…」という気持ちになることがある。

    また、Notionの各機能にちょっとした「痒い所への手の届かなさ」を感じてしまい、どのように使えばいいのか分からなくなるときがある。そんなときは思い切って、その機能を専門として独立している他サービスを使っちゃっていいと思う。どうしても個人の性格や、やりたいことによって向き不向きがあるので、ひとつのサービスに固執せず自分に向いているものを使った方が楽だし早い。

    なんだかNotionをディスる記事になってしまったのだが、僕個人としてはNotionも使い続ける予定だ。Obsidianで書いたメモをまとめて貼り付けたり、TickTickのタスクの内容は期間を指定してテキストとして出力できるので、それを貼り付けたりしておこうかと思っている。最終的に情報がNotionに集まるイメージで、気楽に運用していく想定。これが正しい使い方なのか分からないし、正しい使い方というものが存在するのかも分からない。いずれにせよ、道具に使われることなく、うまく使っていきたいものである。


  • 結局、エンタメって「好き嫌い」と「面白いかどうか」しかないのでは?

    ■ みんなが何かの評論家

    このネット社会では、あらゆる人間があらゆる事物、事象に対して、自分の意見を言っている。SNS(特にTwitter)は、特にその傾向が強く、とりとめもなくタイムラインを眺めているだけで様々な意見が流れてくる。インターネットが発達する以前からあらゆる人間が意見を持っていたはずだが、ネットの発達によってそれを世間に発信しやすくなった(世間からも見えやすくなった)というのは誰も異論はないだろう。言い古されたことだが、国民総評論家時代が来ているのだ。

    僕自身も何かに対して意見や評価をつけ、つい「あれは神回だった」だの「これはクソゲー」などと言い、読んだ本は読書メーターで記録を付け、観た映画はfilmarksで記録を付け、毒にも薬にもならぬブログに記事を思い出したかのように書いている。ふと思うことがあるのだけれど、この活動って一体何……?そして誰も求めていないのに世間に対して自己評価を表明している「僕」って誰……?

    いや、厳密には何かに評価をつけることは、ある程度仕方がない。さっきも言ったが、僕も触れた作品に対して好き勝手に意見を言っているからだ。何かに対して誰かが感想を抱くのを止めることはできない。むしろ、いろいろな人がいろいろな意見を自由に発信することができる世界の方が健全ではないかと思う。

    ■ 「これは〇〇か」という議論

    意見の発信について少し前にモヤモヤしたのは、昨年末のM-1グランプリの結果で巻き起こった「これは漫才なのか」という議論だ。僕はお笑いに全然詳しくないのだけど、M-1決勝戦に出ているくらいなのだから、これは漫才だと認められて1回戦、2回戦、準々決勝、準決勝と勝ち抜いてきたのでは???

    そもそも、誰がこの議論を始めたのかも不明だし、この議論に決着がついて誰が得をするのかも不明。イジられるネタが増えるマヂカルラブリーさんは結果的には得なのかもしれないので、もしかすると彼らのファンが始めた議論という可能性もある(多分違う)。とにかく、個人的には「何じゃこの議論は」という気持ちだった。

    「これは〇〇か」という議論は、どのジャンルにもある。「これはミステリーか」「これは純文学か」「これはSFか」などという議論を目にしたことがある人も多いだろう。こうした「これは〇〇か」という議論は、Twitterでは特に「〇〇警察」という知識と時間を持て余した豊富に持った怖い人々によって引き起こされることがしばしばだ。恐ろしい。

    「これは〇〇か」という議論は、警察のご厄介になりたくない僕のような善良な市民にとっては、あまり近寄りたくないものである。議論が激しい割に解決をせず、知識マウントをとられて終わりという悲しい結末が待っているかもしれないからだ(=現代の激しい拷問の上での獄中死に相当する)。もしあなたが僕と同じような考えであれば、そんな議論とは距離を置いた方がいいかもしれない。

    答えの出ない議論から距離を置いた上で、僕のような素人がエンタメ作品を評価する際には「好き/嫌い」「面白い/つまらない」の2つの軸で見た方がいいのではないかと思っている。どちらも主観が入りまくったものだけど、プロの批評家ではないのだし、主観で物事を評価するのは素人の特権ではないか。そういうわけで、僕個人のM-1については「マヂカルラブリーさんのネタは面白いと思ったし、僕は好き」というめちゃくちゃ小学生みたいな感想しか言えない。

    多くのエンタメ作品は「面白いし、好き」「つまらないけど、好き」「面白いけど、嫌い」「つまらないし、嫌い」という4つの観点に振り分けることが可能だと思う。たまに「面白いかも分からないし、好きかどうかも分からない」という謎の感情を呼び起こす作品もあるけど、これは特例中の特例なので無視して良かろう。

    これは逆に言えば、「好き/嫌い」と「面白い/つまらない」は分けて評価した方がいいということでもある。人はどうしても好きなものにはポジティブな評価を、嫌いなものにはネガティブな評価を与えがちだと思うけれど、2つの軸で評価することで、複雑な感情をシンプルにとらえなおすことができるのではないだろうか。

    長々と書いてしまったけど、結局言いたいのは「2つの軸で評価してはどうか」という提案と「議論をふっかけてくる怖い勢力に気をつけよう」という警告に尽きる。せっかく世間に意見を表明しやすくなった時代なのだから、楽しくノビノビとやっていきたいものだ。


  • 今更すぎる新年の挨拶

    あけましておめでとうございます。2021年もよろしくお願いいたします。

    ……という記事をあげようと思っていたのだが、まごまごしているうちに2月になっていた。もしかすると、2021年は天体の動きがものすごく狂っていて、本当に3日くらいで1月が終わってしまったのかもしれない。そう思ってしまうくらいに、今年の1月はあっという間に過ぎていった。

    この時期に新年の挨拶をするのは少し新鮮である。正月はとうの昔、節分まで終了している。かと言って、旧正月には少し早い謎のタイミングでの新年の挨拶となった。これもすべて僕の怠惰が招いた事態。怠惰といえば、3週間くらい前に「今年の目標はブログの更新頻度をあげることです。」などとつぶやいておきながら、1月の間ブログに挙げた記事の数はゼロ。有言不実行、ここに極まれり。2021年は誠に怠惰な滑り出しである。

    そういえば、ここ数年、僕は1月中に「今年やりたい100個のことリスト」を作成していた。同じことをした人なら分かるだろうが、やりたいことを100個挙げるのは結構難しい。年末に除夜の鐘で108個の煩悩を消したにも関わらず、1か月後には100個の煩悩を再び積み重ねているのはアホな気もする。リストの半分も達成できないこともあったのだが、それでもリスト化していたのは、単純にやりたいことを明文化していく作業はが面白かったからだ。自分の欲望(例え些細なことでも)に向き合う機会は、1年に1回くらいあってもいいだろう。それに僕はアホ側の人間なので、100という数字が大好きである。

    しかし、今年は「今年やりたい100個のことリスト」を作っていない。別に僕のすべての欲望がなくなって聖人と化したわけでも、100という数字が嫌いになったわけでもない。恐らく、コロナ禍による行動の制限が「やりたいこと100個」の少なくとも3分の1くらいを邪魔してきそうだなという気持ちが心のどこかにあるせいだ。事実、いまも緊急事態宣言中で、あまり外に出ない生活をしている。こんな状況だと「〇〇を食べたい」や「〇〇に行きたい」といったことの実現は難しいし、そうしたことを漠然と考えることすらできなくなってしまうらしい。新年の挨拶と全然関係ない話になってしまったが、2021年は僕や皆さんのやりたいことが容易にできるような状況になれば良いね。

    さて、「今年の目標はブログの更新頻度をあげること」と言ってしまった手前、多少書くネタがなくても強引に駄文をアップすることも増えよう。ただ、頑張って賢そうな文章や中身がギッシリ詰まった記事を書こうとしても、僕自身の技量や中身が付いていかないと思う。そのため、今回のような注意散漫な文章を書くことが増えるかと思うが、何卒ご容赦願いたい。