よく行くスーパーに声が少し特徴のある店員さんがいました。初老の男性店員で、店内の品出しなどをしてる姿を見かけました。彼は「いらっしゃいませ」を「いらっ↑しゃいませっ!」と言い、イントネーションと勢いに特徴のある人物でした。最初は気にもとめていなかったのですが、何年も同じスーパーに通ううちに妙に耳と記憶に残っていったのです。
僕がとある棚列で商品を見ている時、近くの列から彼の特徴的な「いらっしゃいませ」が聞こえてきます。おっ、元気に働いていらっしゃるなと思うと同時に、このスーパーに来たなという感じがしたものです。決して馬鹿にしたり、揶揄っている訳ではなく、とにかく聞こえてくるとその人だと分かるという状態でした。
しかし、昨年の夏あたりから彼の姿が見えなくなってしまったのです。辞めてしまったのか、それとも最近少し離れたところにできた新店舗など他店舗に移ることになったのか。それというのも、確かに昨年の5月ごろだったか同じ系列のスーパーの他店舗でその声を聞き、「あれ、ここにいる」と感じたからです。姿が見えなくても分かりました。それからほどなくして家の近くの店舗からいなくなった気がするので、やはりあちらに移ったのかもしれません。
名前も知らないし別にいなくなっても何か店のサービスが変化したと感じるわけでもありません。しかし、日常だと思っていたものが失われると一抹の寂しさを感じるわけです。思えば、大学生の頃も「いらっしゃいませ」が特徴的なコンビニのお爺さん店員がいました。そのコンビニは潰れてしまい、そのお爺さんに会うことは2度とありませんでしたが、なぜか十年経ったいまも覚えています。多分、当時遊んでいた友人たちも覚えているだろうと思います。
僕もこれまでたくさんアルバイトをしましたし、転職も一度しています。自分が意識しないうちにたくさんの人と関わっているはずです。その中には、僕のことを名前は知らなくても何かの特徴で何となく覚えている人もいるのかもしれません。そうなると、人と人との関わりは希薄であっても確かにあるのだと感じ不思議な気持ちになります。
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